Schwarzschild im@s ブログ(仮称)

ニコニコ動画に投稿している、シュヴァルツシルトW2×imasのアイマス架空戦記「Schwarzschild im@s(シュヴァルツシルト アイマス)」や、ノベマス「春香の願い、小鳥の願い」、及びその他投稿動画に関して。連絡用ブログ。

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メモ:アイマス2が失ったかもしれないもの。

 アイドルマスター2について、その詳細が発表されるにつれ、色々と批判等も出てきているようです。

 私自身、以前の記事で「戸惑い」を感じていること、また、その詳細についていずれ触れたい、ということを書いたかと思います。

 ただ、それはまた後日書くとして、何となく、先日ついったーに投稿した内容をまとめて、ここにメモとして書いておこうか、と。

※これはどちらかというととりとめのないメモであり、後日修正される可能性があります。




 アイドルマスターは、一つの作品世界でした。

 コンテンツ、という言い方の方が一般的なのでしょうが。ただ、いずれにせよ、それは世界のひとつであった。
 そして、一つの作品世界は変化しないと生きていけない。そういうものなのでしょう。しかし、変化とは、常に大きければいい、というものでもないような気もします。むしろ、安定化に向かうためのある程度の変化を経た後は、その変化の速度を極端に抑制して生きていく、という道もあるのかもしれない。
 適切な言い方かは分かりませんが、具体的には、こち亀とか、サザエさんとか。最近で言えば、名探偵コナンもそうなのでしょうか。それらの詳細には詳しくないのが申し訳ないですが、おそらく、それらの作品は、ある程度の模索の期間ともいえる初期変化を経て、安定化の時代に入り、そこで世界をゆるやかな変化、或いはごくわずかの変化の中で継続させている、ということは言えるかも知れません。

 ひるがえって、アイマスは、アーケードから数えれば2005年から、あるいは、XBOX360版において、新キャラという一つの変化を加えた2007年から、ほぼ変化をしないまま継続してきた作品世界とは言えるでしょう。(もちろん、その後、SP版やDS等の変化もあった訳ですが、いわばそれらはサイドの変化であり、メインストリームに属するものではなかった。)
 とりわけ、ニコニコ動画内では、いわば培養器の中で、不変の世界がずっと愛されてきた珍しいコンテンツであったとも言えるのかも知れません。

 まだ、たった数年。でも、たった数年とはいえ、それなりの「不変」を守ったコンテンツ。
 上に挙げたサザエさんとかとは比較にならない短い時間とはいえ、「不変」であることを売りに、世界を継続できた。
 特に、ニコニコ動画内では、殆ど新しい変化も無いまま、というよりも、変化が無いこと、が愛されてきたコンテンツのようにも思えます。ある程度かたちを保った作品世界の中で、ファン同士が交流を続ける。

 アイマスという世界が、地味に終わりかけているのでは、という指摘は以前からされていた気もします。ニコニコ動画でも動画の増加率が減っている、とか色々。そのあたりはあまり詳しくないのですが。

 アイマス2は、アイマスがコンテンツとして生きながらえるために必要な何かではあったのでしょう。

 ただ、もしも、アイマス2が、既存のアイマスから、世界観的な要素においては、緩やかな変化(具体的には、響、貴音の参戦程度)にとどめたものであったのなら。
 ただ、いわゆるグラフィックその他の技術面のみ、その進歩を存分に注ぎ込んだものとなったのであったのなら。

 ひょっとしたら、始めに述べたような、緩やかな変化を継続する世界、という方向で、何か生存を模索することも出来たのかもしれない。
 非常に確度の低い、茨の道かもしれないけれども、つまりは、上に例示したような各コンテンツに比肩し得る、「不変であることが価値がある世界」として、長期的に富を齎す、稀有なコンテンツの一つに転化する、そういう賭けも出来たのかもしれない。

 そんなことも、思ったりもするのです。

 一方、実際には、ご存知の方も多いかと思いますが、アイマス2は、その世界観からも、既存のアイドルマスターとは、かなり大きな「変化」が予想されるものとなっています。

 大きな「変化」は、さまざまな反応を齎すでしょう。好意的なものも、そうでないものも。新規層の開拓というものも、望めるかもしれない。場合によっては、今よりずっと大きな「勢力」として、そのコンテンツの地位を確乎たるものにすることが出来るのかもしれない。

 ただ、おそらく、その「変化」は、ここ数年の間、ゆるやかな変化が愛されてきたコミュニティにもまた、大きな変動を齎すものとなるでしょう。

 その大きな「変化」を経た後に、果たして、アイマスは、再び「変化しないこと」が愛されるコンテンツへの移行を果たすことができるのだろうか。

 私自身は、かなりそこは懐疑的だったりします。ファン層全体が変動を起こした後で、もう一度、今のような環境を築くことができるのか。今までのアイマスは、ある種の稀有なバランスの中で、存在を維持してきた作品世界でした。「バランス」を得ることは、「力」を得ること以上にきっと難しい。

 とかく、「変わらないことが愛される世界」にクラスチェンジするという「賭け」、そういう「賭け」が出来る余地というのは、多分今回の変化の方向性によって、このままでは、失われてしまうのだろうな、と。(もちろん、その後、もう一度膨大な努力と資源を投入し、今と同様の、あるいはそれ以上の環境を構築できる可能性、というものもの無い訳ではないのですが。)

 それがちょっと惜しくも感じます。

 とかく、そんなことを思ったのでした。

(冒頭に書いたように、「戸惑い」についてはまた後日書きたいと思います。)


(追記:その「戸惑い」の内容についてこちらに書きました。)
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