Schwarzschild im@s ブログ(仮称)

ニコニコ動画に投稿している、シュヴァルツシルトW2×imasのアイマス架空戦記「Schwarzschild im@s(シュヴァルツシルト アイマス)」や、ノベマス「春香の願い、小鳥の願い」、及びその他投稿動画に関して。連絡用ブログ。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |

アイマス2に対峙するということ/或いは、戸惑いの正体

※本稿は今後、大きく加筆訂正等される可能性があります。

 さて、アイドルマスター2について、ちょっと書いてみようかと思います。以前から予告していたように、自分自身がそもそもアイドルマスター2の初PVが発表された頃から感じていた印象などについて、ですが。

 そもそも、一連の公式情報に対して自分が感じたのは、戸惑い、でした。
 というよりも、最初のアイマス2PVの発表の頃から、ずっと続く、戸惑い。
 以前、こんなことを書きました。

http://schwarzschildw2.blog25.fc2.com/blog-entry-139.html

 とかく、その内容については、まぁ、批判的な反応が大半だったかな、と思います。私自身も、それらの情報に驚いた部分もあり、また、残念ながら疑問が残るというか、好意的には受け取れないかなぁ、という部分もあります。

 ただ、そういった衝撃は、今回の新情報について批判的な皆様の多くが感じた衝撃の程には、大きなものではなかったのかも知れないなぁ、とも思っています。

 というのも、そもそも自分はいわゆる「アイドルマスター2」について、どのように対峙すべきか、態度を決めかねているまま、今日に至っていたからなのです。
 多くの人は、先日発表されたPV等の情報にきわめて前向きな期待感を抱き、それゆえに、今回の情報に、その格差というか、ちょっと過激なものも含まれているかも知れない情報に、より大きいショックを受けた、というものかと思うので。

 一方、自分は、なんと言うか、戸惑いのまま、情報を集める気も、注意を払う気も起こらないまま、ずっときてしまっていた、という部分があったりします。具体的には、TL上で「竜宮小町」という単語が飛び交っているのを見て、「ああ、そういう女の子が新キャラとして登場するのかな?」と勘違いしていたくらいなもので。
 でもって、あんまり各所が騒がしいので、ちょっと詳細を調べてみた、という感じなのですが。そして、色々とびっくり、と。



 そう、正直なところ、そもそも積極的に興味を持つことが出来なかった。
 アイドルマスターに興味が無くなった訳ではない。大好きだし、むしろ、だからこそ、二次創作動画の制作という形も含めて、その世界に、そしてそこに居る『彼女』にこだわり続けている。

 ……いや、興味が持てない、という表現は正確ではないのかも知れません。
 どのような立場で、或いは、どのような姿勢で、それらの新情報に接すれば良いのか、決めかねていた。そういうべきかと思います。

 あの始めの新作宣伝PVを見たのも、なかば、その程度の情報は抑えておかねばいけないか、という、つまりは「見ておかねばいけない」という義務感から来るものでした。

 twitterタイムライン上の希望に溢れた多くの声を眺めながら、とかく、そんな風に戸惑っていた。

 何故、そんな気持ちでいたのか。


 私は、『アイドルマスター』の世界が好きでした。具体的に言えば、XBOX360版、そして、XBOX360版とほぼ同一構造を持つPSP版アイドルマスターSPのフリーモードシナリオ、そこにある世界が。
 私のアイドルマスターへの関心(執着と言い換えてもいい)は、そこに居るヒロインに対してのものであることは当然ですが、それは、ヒロインがその背景として内包する、その世界そのものに対してのものでもありました。

 繰り返される一年。無限の試行を繰り返すアイドルたち。その中で繰り広げられる多くのドラマ。
 そして、天海春香が繰り返し、そこで出会う一つの悲しみ。

 拙作をご覧の方はご存知かも知れませんが、私が作る動画、とりわけ、「春香の願い、小鳥の願い」シリーズは、「アイドルマスター」、つまりはそこに住まうアイドル達と、その世界そのものの成り立ちと重要な関わりを持ち、そして、そこにいる『彼女』、さらには世界構造そのものへの考察を深めた上で構築されているシリーズです。

 そのせいもあるのでしょうか。私にとっては、『アイドルマスター』とは、いわゆる箱版、あるいはそれとほぼ同一構造を持つSP版フリーモードシナリオ、それこそがアイドルマスターであり、そこにを背景とする天海春香こそが愛すべきヒロインであり、そして、その世界こそが考察すべき対象でした。


 私がこれまで制作してきた架空戦記、ノベマス、そのいずれも(アイマスの)アイドルとしては、いわゆる上記の定義における『アイドルマスター』(以下、この表記は同一の定義と思って下さい。)の11人しか出てきません。その他の登場する人々も、やはり、『アイドルマスター』の世界の住人です。SP版ストーリーモードの響、貴音、あるいはDS版の住人。それらの人々、あるいは、そこにある世界観も、拙作に取り入れることは一切行っていません。

 なぜなら、それは、少なくとも自分にとっては、『アイドルマスター』とは、整合性を持つ存在として受け入れられるものではなかったからです。
 好き、嫌い、というようなことではありません。
 また、それらが「アイドルマスターではない」、として排除するつもりもありません。否、むしろ、作品が多様な展開を見せて、そこからコミュニティが広がることは素晴らしいことだと思っています。
 ただ、世界を構築する上で、どうしても、整合性あるものとして受け取ることが出来ない。
 自分にとって、それは『アイドルマスター』として理解し、受け取ることが出来るものではない。

 とりわけ、自分にとっては、DS版で暗黙のうちに示唆される「複数Pの世界」は、『アイドルマスター』の世界の延長とするのなら、どうあっても整合性を持たせることの出来ない、まさに異世界であり、受け入れ難いものでした。「常に9人+2人セットのうちから選べるヒロイン」「そこから続く1年の世界」、その他のさまざまなことがらは、自分の理解では、上記定義の『アイドルマスター』においてPが一人であることを示唆するものであり、それ以外の理解を行うことは、敢えて、いささか乱暴かつ過激な表現を使えば、(上記定義の)『アイドルマスター』に対する冒涜ですらありうる。

 いずれにせよ、つまり、それらのすべては、「みんなまとめてアイドルマスター」とするには、私には聊かハードルが高すぎたのでした。

(ちなみに、アーケード版→箱版移行時の最大の要素である星井美希については、仮にアーケードの世界を考察の基点に置いていたとしても、受け入れは可能であっただろうな、と思います。簡単に言えば、美希の存在は、(上記定義の)『アイドルマスター』の内側にとどまるものとして描かれているから。拙作において、本来の箱版で意味ある存在として出てくる訳ではない音無小鳥を登場させているのも、同様の理由からでもあります。)

 だから、受け入れられない。受け入れられないものを、取り入れるわけには行かない。
 それは、自分の理解しているものすらを、理解することが出来ない何かに変えてしまうことだから。

 尚、いささか話がそれますが、自分は、今後の動画制作においても、(上記定義の)『アイドルマスター』の世界の埒外の住人や世界観を、そのままの形で扱うことは基本的には無いと思います。
 もしも登場させるとしては、まさに、「異世界」のものとして扱う、ということになると思います。コメディ色が強いものでは、そのようにややこしい前提も無く、適当に出すこともあるかも知れませんが、それでも、あくまで『アイドルマスター』の二次創作として出すことは基本的には無い、と。(逆に言えば、整合性が担保できると判断できる何らかの要素については、登場させる余地がある、ということでもありますが。)


 話を元に戻しましょう。とかく、自分のアイドルマスターに対するスタンスはそんなところだったりします。

 ここまでこだわるのは、おそらく、アイドルマスターの世界観そのものへの関心を伴った二次創作動画を制作していているからこそなのかもしれません。
 アイドル達が歌い、エンディングを迎え、その後世界が回帰し、再開させる。

 そこに描かれるすべてを、矛盾なき何かとしてとらえようとしてきたからこそ。

 それらを踏まえて、二次創作動画というかたちで、自分なりの物語を再構築しようとしてきたからこそ。

 けれども、それだけではないと思っています。つまり、何よりも。

 トップアイドルとしてドーム成功トゥルー分岐であれば常に、『アイドルマスター』の一つの終着点かつ始点として描かれる、天海春香のエンディングへの関心を抱いているからこそ。あるいは、そう、天海春香自身に。

 だからこそ、だと思っていたりします。





 とかく、そんな所でしたから、新作が出る、という情報を聞いた時、はじめの感覚は戸惑い、いや、それ以上に困惑でした。

『アイドルマスター』は常に一年で完結する世界。しかも、それは無限の選択と分岐を内包しつつ、一年周期で繰り返される世界。
 その世界の「続編」とは、どういうことだろう? どう理解すれば、或いは、どう受け取ればいいのだろう?

 そういう意味では、どうやらパラレルらしい、という情報が出た時は、ある意味、多少安堵した部分もありました。つまり、それは、(上記定義の)『アイドルマスター』ではない、ということだから。

 そして、だからこそ、また、別の戸惑いも生まれたのです。

 では、そこにいる、『彼女』、いや、全てのアイドルたちは、いったい『誰』なのだろう?

 続編ではない。となれば、つまり、そこにいるアイドルたちは、『アイドルマスター』の世界の物語を踏まえて、その時間延長上に存在している訳ではない。

 では、そこで歌い、踊り、微笑んでいる彼女たちは『誰』なのか?

 思えば、以前、萩原雪歩の声優の、長谷優里奈(落合祐里香)さんから浅倉杏美さんへの交代が発表された時、萩原雪歩ファンの人々の失望、苦悩が彼方此方で書き込まれ、或いは表明されました。

 萩原雪歩ファンの人々の苦悩はとても説得力のあるものです。キャラクターにとって、声というのはその同一性を担保する重要な要素なのでしょうから。1の萩原雪歩は、2の萩原雪歩とは『違う』。声が異なることで、それが確定してしまう可能性がある。確かに、それはファンにとっては重大な問題となりうるものです。
 ですが、むしろ私にとってどこかで意外だったのは、そもそも、新作情報が発表されて以来、萩原雪歩ファン以外の、それぞれのキャラクターのファンから、そういった悩みの声が(自分の把握する範囲では)聞こえてこなかった、ということでした。(ここ数日の騒動はまた異なるものとしてさておくとして。)
 
 というのも、私にとっては、アイドルマスターのそれぞれのキャラクターは、前述した通り、『アイドルマスター』の物語を背景にして存在しているものです。
 つまり、その「物語」もまた、それぞれのキャラクターの同一性を担保する、非常に重要な要素なのです。自分にとっては。
 翻って、既に7月に出たPVの段階で、おそらく、アイドルマスター2の世界は、アイドルマスター1の世界とは、その背景設定の段階から異なる世界であることが示唆されている。
 中途からの分岐であっても、やはりそれは「異世界」なのである。
 さらに言えば、いわゆる勝利条件として示唆される様々なイベントは、その「世界」が分岐世界であることすら否定している、もしくはそう理解することを拒否している、とも言える。

 とすれば、そこにいるアイドル達は、『アイドルマスター』のアイドル達なのであろうか?

 「声」という要素において特殊な変化を加えられた萩原雪歩はもちろん、その他の皆も、その点については同様なのではなかろうか?

 それこそが、非常に大きな問題なのではなかろうか?



 そこに居る『如月千早』は、如月千早なのか?

 そこに居る『萩原雪歩』は、萩原雪歩なのか?

 そこに居る『高槻やよい』は、高槻やよいなのか?

 そこに居る『秋月律子』は、秋月律子なのか?

 そこに居る『三浦あずさ』は、三浦あずさなのか?

 そこに居る『水瀬伊織』は、水瀬伊織なのか?

 そこに居る『菊地真』は、菊地真なのか?

 そこに居る『双海亜美』は、双海亜美なのか?

 そこに居る『双海真美』は、双海真美なのか?

 そこに居る『星井美希』は、星井美希なのか?



 そして、何よりも、そう、そこに居る『天海春香』は、かの一年を、そしてその果ての悲しみを繰り返し、そして、それでも微笑み続け来た、天海春香なのか?


 普通のゲームやアニメであれば、ここまで深く考えることも無かったのかも知れない。

 しかし、そこに居るアイドルたちを、その背景の世界観と非常に深く関わった存在として受け取ってしまっていた自分は、どうしてもその疑念を持たざるを得ませんでした。


 その部分について、決着がつかない限りは、アイドルマスター2をどう受け取ればよいのか、という答えが出てこない。

 それが、自分の戸惑いでした。



 そして、その戸惑いは、こんな疑問にも繋がります。

 今、公式発表、とりわけ既存アイドルそのものに関わる変更点で悲しんでいる各アイドルのファンの人々―――つまりは「竜宮小町」や、その統括者、そのそれぞれがプロデュースできないことに悲しんでいるファンの人々は、「何故」悲しむのだろうか?

 秋月律子が、水瀬伊織が、三浦あずさが、双海亜美がそのような扱いを受け、また、プロデュース出来なくなるから、悲しむのだろうか?
 それとも、秋月律子、水瀬伊織、三浦あずさ、双海亜美に似た『誰か』がそのような扱いを受け、また、プロデュース出来なくなるから、悲しむのだろうか?

 これが、いささか特殊な見方なのかもしれない、ということは分かっています。
 深く考えずに、ただ、その名そのものを得た存在として、ただ受け取ればいい。
 そうなのかも知れない。
 だが、自分は、そこに拘らずにいられない。

 そして、だからこそ、私は疑問を持ってしまう。


 アイドルマスター2のかの少女は、天海春香なのであろうか?



 もっとも、公式の発表を見れば、答えははじめから出ているようなものです。

 つまり、彼女たちは、『アイドルマスター』の彼女たちではない。

 当たり前のことです。公式によって、パラレルワールドであることが既に明確に示唆されているのですから。

 なら、ただ、そう受け取れば良いのか。



 正直なところ、アイドルマスター2のアイドル達が「別人」であるのなら、大して悩む必要は無い、という言い方すらできてしまう気がします。

 世界が変わろうと、そのヒロインが背負う物語が変わろうと、声が変わろうと、事務所の配置が変わろうと、プロデュースの可不可が変わろうと。いや、それこそ、性格が変わろうと(むしろ、性格とは、アイドルマスター2の住人として設定され、そして、その上で、そのアイドルに伴う物語を経てのものなのだから、変わっていない筈などない、とすら言える。)。

 それは、明確に別人であり、別世界であり、別ゲームである。そこで何を悩む必要があろうか。

 また、そのヒロインが『誰』なのか、ということで悩む必要もそもそも無い。

 別人なのだから。その名前を得た、別人なのだから。


 つまり、きっと、かの少女は、天海春香ではない。


 ですが。

 それでも。

 公式設定を参照すれば、それが分かりきっていることだとしても。

 それでも、「別人」として切って捨てるには、その少女は、あまりにも生々しすぎるのです。

 「天海春香」の名前を得て、「天海春香」として定義づけられ、「天海春香」として歌う。

 そんな、彼女を。

 そんな、かの、少女を。

 本当に、別人としてしまってよいのか。

 その戸惑いが、どこまでも、残る。

 そして、この戸惑い、迷いは、きっと、他のそれぞれのキャラのファンの方々でも、その、それぞれのキャラの「名」が名づけられたヒロイン達をどう理解し、また、その扱いについてどう受け取るかということで、理解していただける、そして、場合によっては共感して頂ける疑問であり、悩みなのではないかと思うのです。そのヒロインが、その人だから、場合によってはその扱いに悲しみを覚えるのか。それとも、そのヒロインは、その人に似た別人だからこそ、悲しみを覚えるのか。本人であるから悲しいのか。別人であるから、悲しくない筈だけれども(別人であるなら、そのヒロインは「無事」の筈)、それでも、悲しくなるのか。それとも、あまりにも似すぎた別人であるからこそ、悲しくなるのか。(きわめて勝手な言い方になるのかも知れないのですが、今回の一連の事件について悲しみや戸惑いを感じていらっしゃる方は、そこの部分について省察を深めてみることが、ひょっとしたら、マイナスの感情と向き合い、あるいは、その傷を癒すヒントになるかもしれません。既存のアイドルマスターの世界は、いまだ、そこにあるのですから。)




 以前、「前向きな期待も、また、逆に、後ろ向きな衝撃も、どこかで、ストレートなものではなく、戸惑いに覆われたものになってしまっている。」ということをブログに書きましたが、つまり、それは、そういうことなのです。
 本稿の話題とはちょっと話がそれる部分ですが、私自身、今回の一連の発表に「疑問」(あるいは「残念という感情」)を抱かざるを得ない部分は、正直に言えば、あります。
 そして、その「疑問」は二つに分かれます。前回書いたような、『アイドルマスター』という作品世界の今後を考えたときの疑問が、一つ。そして、自分自身が、もうすこし、こういう形の続編であったらな、という意識(もしくは願望)を持った、という意味での「疑問」(あるいは「残念という感情」)がもう一つです。つまり、後者に関して言えば、自分も、今回の公式の一連の発表に批判的な多くの意見と同様に、残念な気持ちがどこかにあるといえます。
 けれども、この後者の「疑問」もまた、上に述べたような「(もし世界が別世界であり、そこに居るアイドルが別人であるのなら)そもそも『何故』そんな「疑問」を持つのか? 別世界であるのなら、それがどうなろうと、どう描かれようと関係無いのではないか?」という別の「疑問」に繋がっていくことにもなる。

 そして、その「疑問」(或いは戸惑い)があるが故に、そんな今回の発表への「疑問」も、「戸惑いに覆われた」どこか不確かなものになってしまっているのです。





 とかく、自分は、少なくとも現在製作中の「春香の願い、小鳥の願い」が完結するまでは、アイマス2をプレイすることは無いだろうな、と思っています。(そもそも、プレイするかどうかも決めていないところなのですが。)
 「春香の願い、小鳥の願い」は、自分にとっては『アイドルマスター』の世界と対峙し、そして、そこにある何かを描くものであり、『アイドルマスター』との対峙に区切りをつけない限りは、『アイドルマスター2』の世界に対峙することはありえないからです。
 もちろん、そこの世界で「天海春香」の名前を名乗る少女のことを、どう受け取るべきか決めることも。

 いずれにせよ、「春香の願い、小鳥の願い」マイリスト)は、いつかきちんと完結させたいと思っています。現在も9月まで、と予告した続編がまた延期になりそうなところが本当に申し訳ないのですが。また、未見の方で、ご興味の持った方は、ご覧頂ければ幸いです。この機会に、『アイドルマスター』の世界を考え直してみようと思った方も、よろしければ、是非。


 


 いずれにしても。

 かの、『天海春香』は、天海春香ではない。それは、意味合いとしては分かっている。けれども、だからといって、ただ、そうしてしまってよいのか。

 本当に、かの少女は、春香ではないのか。



 かの世界は、一つではない。

 "The world is all one!!" ではない。

 それは、新たに構築された、異なる世界。

 世界は一つ?

 それは、欺瞞だ。

 欺瞞は、受け取ることはできない。

 ただ、「空の輝き」を免罪符として、それを受け入れることはできない。

 それは、自分にとっては、『アイドルマスター』を否定することであり、そして何よりも、春香を否定することなのだから。


 ───でも、それでも。

 
 ”一つ”ではないと、分かっていても、それでも。


 自分は、どこまでも消えない違和感を感じながらも、それでも。


 ───天海春香、17歳! 私たち、トップアイドル、めざしてまーす!




 そう高らかに、喜びをもって叫んだかの少女を、ただ、否定してよいのか。

 彼女の想いを、どう考えてやれば良いのか。


 とかく、そこの部分への戸惑いが、そして、迷いが、アイドルマスター2の公式PV発表以来、自分にはずっと残っているのです。








未分類 | コメント:0 | トラックバック:2 |
<<今後の制作予定について | HOME | メモ:アイマス2が失ったかもしれないもの。>>

この記事のコメント

コメントの投稿















コメント非公開の場合はチェック

この記事のトラックバック

エグザスPのブログより。成程ーって感じでした。※本稿は今後、大きく加筆訂正等される可能性があります。 さて、アイドルマスター2について、ちょっと書いてみようかと思います。以前から予告していたように、自分自身がそもそもアイドルマスター2の初PVが発表され …
2010-12-19 Sun 13:37 まったりもっさり
エグザスPのブログより。成程ーって感じでした。※本稿は今後、大きく加筆訂正等される可能性があります。 さて、アイドルマスター2について、ちょっと書いてみようかと思います。以前から予告していたように、自分自身がそもそもアイドルマスター2の初PVが発表され …
2010-12-19 Sun 13:37 まったりもっさり
| HOME |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。